どのような状態になったら不妊治療を止めるのか、とても重要な問題であると思います。経済的な制限や、年齢・卵巣予備能といった妊孕性のポテンシャルの条件、さらには患者さん個々の人生観など、治療を止める判断は様々でしょう。
わかりやすい指標になるものとして、日本全国の体外受精の成績を集めた日本産科婦人科学会のARTデータ集があります。45歳で生児獲得率は1%程度であり、逆に言えば99%うまくいかない治療ということになります。施設によっては45歳からはARTを行わないというところもあります。35歳における生児獲得率は約20%であり、こうした数字をどのように感じてその評価をするのかは人それぞれです。
大切なことは、治療を始める前の段階で、「自分は子供を産みたいのか?それとも子供を育てたいのか?」ということをきちんと自分の中で確認しておくことだと思います。不妊治療を続けるうちに、どんどん追い詰められて周りが見えなくなる方が多くいらっしゃいます。家族形成の選択肢は様々。里子さん・養子さんを迎えて幸せな家庭を築いていらっしゃる方も大勢いらっしゃいますし、その多くの方は不妊治療の経験者であり、もっと早く情報がほしかったと言われます。
自分の経済力を考慮して何回まで治療を行う、里子さん・養子さんを迎えることも選択肢に入れて何歳まで行う、自分の置かれている状況、そして自分たちの価値観・人生観をもとに、あらかじめ目安を決めておくといいかもしれません。
不妊治療を終えたある患者さんが、次の様なお話をされたことがあります。
「先日デパートで買い物をしていたとき、5歳くらいの男の子が迷子になって泣いていました。側にいって話しかけても泣いているばかりでしたので、手を握って一緒に係員のところに行きました。その男の子の手を握った時に、私の中に強い母性を感じました。今まで感じたことのない感情でした。迷子の男の子を係員に引き継いだあとも、その子の手の感触が忘れられず、その自分の想いと向き合う中で、私はいままでずっと「産みたい」と思って治療を続けていましたが、そうではなくて「育てたいんだ」という思いに気づきました。」
この患者さんはその後養子縁組を目指されており、もっと早くこの情報を知っておくべきだったとおっしゃられていました。
家族形成の様々な形について情報を集めたうえで人生設計を行い、あらかじめ治療を止める基準を設定しておくといいのかもしれません。とはいえ、その基準にとらわれすぎないようにすることも大切です。一度治療を止めてから再開することも許されないことではありません。自分一人で“意思決定”という言葉の重さを背負い込まず、パートナーや医療者と一緒に考えながら折り合いをつける、その程度に考えるほうがより納得のできる選択ができると思います。