絹谷先生とのご縁は、昨年2015年の桜の季節にさかのぼる。
ある時、存じ上げないドクターから1通のメールをいただいた。それが絹谷先生だった。
その少し前に出版した私の拙著「『三色のキャラメル~不妊と向き合ったからこそわかったこと~』について触れ、日々多くの患者さんと接していながらなかなか患者さんの生の気持ちを知る機会がなく、よい機会になったということをお知らせくださったものだった。そして、生殖医療に携わる医師としてだけではなく、一人間として、同世代の人間として興味深く、今後の診療に活かしていきたいという、大変人間味のある温かい内容だった。大海原、筏の上にいるような状態にある私に、絹谷先生がオールを渡してくださったような、そんな気持ちになったことを今でもよく覚えている。
現在の、各部門との連携、各種プログラムの提供といった「TEAM絹谷」体制が整うに至るまで、過去には、患者さんになんとか子どもを抱かせてあげたいという熱意と主治医制へのこだわりから、絹谷先生ご自身が過剰労働で倒れてしまわれたことがある経験をお持ちだ。そんなお話を伺って、まさに私が先生にエールを送りたくなった。
「最初からこうだったわけではなく、僕もいろんな経験をして成長してきたからこそ今の自分がいます。医者も人間ですからね。患者さんと喧嘩したこともありましたしね(笑)」
そう言ってはにかまれた絹谷先生。 どうかもう倒れないでくださいね。
先生の患者さんが困りますから。
大変光栄な機会をありがとうございました。