最先端の検査で治療方針を決め妊娠率と健康力のUPを目指す
「不妊治療では、最先端の医療技術を駆使したとしても1つも精子が見つからないなど、思うような結果を得られなかったり遺伝の問題に直面したりすることがあります。医師、看護師と生殖心理カウンセラー、遺伝カウンセラー、培養士などが密に連携し、多職種で心理社会的なサポートと多様な選択肢の提供ができるのが、当センターの最大の強みです」。そう説明するのは、センター長(同センター教授)で産婦人科医の杉本公平医師です。
生殖医療専門医、臨床遺伝専門医などの資格を持ち、リプロダクションチームをまとめるセンター長の杉本公平医師。子どもが欲しいカップルの気持ちに寄り添い、多岐に渡る幅広い支援を展開する。
リプロダクションセンターのチーフディレクターで泌尿器科医の岡田弘医師(特任教授)は、無精子症だけではなく、射精障害など現代特有の男性不妊症の診断と治療を開発してきたパイオニアです。日本の不妊治療の黎明期である1980年代から神戸大学医学部附属病院などで男性不妊の治療に取り組んできた岡田医師は、心理社会的な支援や遺伝カウセリングも含め、理想的な環境で生殖補助医療を提供するために、2015年にこのセンターを開設しました。
男性側に不妊の原因があるカップルに適切な治療を提供するために導入しているのが、精子の質を表す「精子DNA断片化指数(DNA fragmentation index:DFI)」を調べる検査です。センター内に、精子の細胞のDNAの状態を解析するフローサイトメーターという最新の機器があり、精子のDNAの損傷の程度を調べることで、どのような治療をするか選択の参考としているのです。
日本の男性不妊医療を牽引してきたパイオニアである岡田弘医師。長年の治療実績と経験に裏打ちされた言葉には説得力があり、常に患者に最良の検査と治療が提供できるように尽力している。
「国内の不妊治療施設の多くは、男性側には精子量、精子濃度、精子の運動率、精子の形態などを調べる一般精液検査を行い、その結果で治療法を選択しています。しかし、精子の量、濃度や運動率などは、検体を提出した時の環境や体調や興奮度などによって変動するので、これらの検査結果だけで治療を選択してもうまくいきません。不妊治療にかける時間や労力を無駄にしないためにも、DFI検査の数値も考慮して治療法を選ぶことが大切なのです」と岡田医師は話します。
男性不妊患者130人を対象に、DFI検査の数値と妊娠成功率を調べた結果では、DFI値が低い方が妊娠成功率は高いことがわかっています。海外の研究の結果からも、DFI値が10%以上なら、短期間タイミング法や人工授精を試すとしても、早めに顕微授精または体外受精へステップアップした方がよいとされます。
「DFI値が高い場合には精子のDNAの損傷の程度が大きいことを示しており、その原因は“体が錆びている”ことが多いと考えられています。タイミング法や子宮内人工授精で妊娠の難しいとされている、DFI値が24%以上の男性には、喫煙しているなら禁煙してもらったり、肥満の場合には体重管理をしてもらったり、私たちの研究などでDFI値が下がることが証明されている抗酸化サプリメントの服用を勧めたりします。睡眠時無呼吸症候群も男性不妊と関わっているので、呼吸器・アレルギー科と連携してその治療もしています。こういった総合的な治療によって1組でも多くのカップルが妊娠・出産に漕ぎ着けられれば嬉しいですし、生殖可能年齢の人たちが、これからの人生を心身共に健やかに過ごせるようにサポートすることが当センターの究極の目標です」と岡田医師は強調します。
検査の結果、無精子症だった場合には、4K3Dの大型モニターで精巣の中の髪の毛よりも細い精細管を観察しながら、精密な操作ができる最新鋭の手術機器HAWK EYE SURGERY(ホークアイサージェリー)を用いて精子を採取する顕微鏡下精巣精子採取術(MD-TESE)を実施しています。この手法に関しては、男性不妊部門のチームを務める泌尿器科医(同院学内講師)の岩端威之(いわはた としゆき)が世界の第一人者です。
顕微授精には一度凍結させた精子を使うのが一般的ですが、採卵に合わせてMD-TESEを実施し、精子を凍結せずに新鮮な状態で用いることもあります。男性不妊の治療として、現段階でできることは全部ここで受けられる体制が整っているのです。
無精子症でも妊娠・出産まで漕ぎつけられる場合も
岩端医師は、このセンターの治療方針と、この仕事のやりがいについて次のように話します。「当センターでは、患者さんの状態やニーズに合わせ、最も適したカスタマイズ治療を提供しています。精子が2~3個しか取れず着床は難しいのではないかと思っていた患者さんのパートナーが妊娠し、赤ちゃんが生まれたとの報告を受けると本当に嬉しいですし、やりがいを感じます。ただ、どんなに頑張っても不妊治療がうまくいかない人もいますので、結果はどうあれ、その後の人生を明るく歩んで行けるような声かけをするように心がけています」
医療スタッフからも患者さんからも慕われている岩端威之医師。「手術がずっと続いていて。髪、ボサボサじゃないですか?」とはにかむ笑顔からもその理由がわかる
そして、不妊治療に欠かせない存在が、採取した精子と卵子を受精させ培養する胚培養士です。このセンターでは5人の胚培養士が活躍しています。その一人である福島麻衣さんは、リプロダクションセンター開設当初からここで新たな命の誕生に関わる仕事をしています。
ベテラン培養士の福島麻衣さん。自身も日々研鑽を積みながら、後輩の培養士の指導にも力を入れている。
「男性不妊を専門にする不妊治療施設は少ないので、前に勤めていた病院では、他の施設で採取した組織を自院に持ち帰って処理していました。このセンターでは、手術室で顕微鏡を見ながら、医師と相談しながら組織を採取し、新鮮な状態で精子を処理し凍結したりそのまま受精させたりできます。日々進化する男性不妊の検査や治療に触れられ私自身とても勉強になりますし、無精子症の患者さんの精子が何とか採取できたり、何度も治療を繰り返している患者さんが妊娠・出産したと聞いたりすると本当に嬉しいです」と語ります。
生殖心理カウンセラーが常駐し心理社会的な支援が充実
言うまでもなく、不妊治療は思うような結果が得られないこともあり、ストレスの大きい治療です。このセンターでは、不妊治療のストレス度を測る質問票の回答から「ストレスが強い」と判断された人や医師が必要性を認め、本人が受診を希望した人に対して、公認心理師・臨床心理士で生殖心理カウンセラー・がん・生殖医療専門心理士の小泉智恵さん(同センター講師)が「心理カウンセリング」を行っています。
公認心理師・臨床心理士・生殖心理カウンセラー・がん・生殖医療専門心理士の小泉智恵さん。その口調はとても柔らかく、人を安心させる。
「不妊治療のことで頭がいっぱいになっている方が多いので、心理カウンセリングでは、5年後、あるいは、万が一お子さんが授からなかったときにはどんなふうに暮らしたいかを話してもらったりします。例えば、夫婦2人で仲良く暮らしたいという人なら、共通の趣味を持つ、今日あった楽しいことを毎日パートナーと話すようにするなど、今すぐできることを考えてもらい、その実行を宿題にします。流産を繰り返してつらいなどという場合には、その喪失感を受け止め、このストレスにどう対処するか一緒に考えます」(小泉さん)
同センターで男女約100人の患者さんを対象に、心理カウセリングの効果を検証した研究では、ストレスが強くて心理カウンセリングを受けた人たちは、ストレスがそれほど強くなかった人やカウンセリングを受けなかった人たちよりも2.6 倍、本人かパートナーの妊娠率が高くなりました。海外の50以上の研究をまとめて解析した研究でも、心理カウンセリングを受けた人は25%妊娠率が高かったとの報告があり、精神的なストレスの緩和は妊娠率にも影響する可能性があるのです。
一方、無精子症で精子が全く採取できないという現実に直面するカップルもいます。そういったケースにも、希望者にカップルでの心理カウンセリングを行い、つらい気持ちとどう向き合うか、どのような選択肢があるのかを一緒に考えられるようにサポートしています。
「不妊の原因がわかることでショックを受けたり、自分やパートナーを責めたり逃げたい気持ちになったり、わざと元気なふりをしたりさまざまな感情が出てくるのは当然のことです。カウセリングで不妊の原因自体をなくすことはできませんが、里親・養子縁組で子どもを迎える、第三者からの精子提供を受けるなど次のステップに進むのか、どのように人生を歩んでいくのか話し合って見つけていくお手伝いができればと考えています」。そう述べる小泉さんは、これまで、不育症の人や妊娠中の女性、育児に問題を抱える人などさまざまな段階での心理ケアに携わってきた経験豊富な生殖心理カウンセラーであり、他の医療スタッフにとっても不妊治療を受ける患者さんにとっても頼れる存在です。
遺伝に関する相談、心配事は遺伝カウンセラーがバックアップ
男性不妊の場合は10~15%、不育症は3~4%程度、遺伝子の異常が関わっているとされます。遺伝学的検査の結果、異常がみられた場合には、同院遺伝カウンセリングセンターの認定遺伝カウンセラー、阿部友嘉(あべ ゆうか)さんが、その遺伝学的異常が不妊治療と次世代へどのように影響するのかなど科学的根拠に基づく正確な医学的情報をわかりやすく説明し、加えて不安や心配事などの相談に応じ心理社会的なサポートを行う遺伝カウンセリングを提供しています。
わかりやすい言葉を選んで丁寧に説明する阿部友嘉さん。獨協医大リプロチームの強固な連携に、自負とやりがい、希望を感じている。
「遺伝カウンセリングは予約制で、不妊治療の場合は情報を共有するためにもご夫婦で受けていただいています。最初は、どういうことを遺伝カウンセリングで話すのかがわからず緊張されている方がほとんどなので、遺伝学的に正しい情報を伝えつつ緊張をほぐし、疑問点や不安なところは、遺伝カウセリングを通してできるだけ解消していただけるようなサポートを心がけています。さらに、心理ケアが必要と思われる患者さんは、生殖心理カウンセラーと連携してサポートしています」と阿部さんは語ります。
チーム一丸となって不妊治療を受けるカップルの人生を応援
同センターのスタッフに共通しているのは、自分の専門性を最大限に発揮しつつ、チーム一丸となって患者さんの人生そのものをサポートしようとする姿勢です。
このセンターに通院する真理子さん(41歳、仮名)も、こう証言します。「ほかの病院での不妊治療がうまくいかず落ち込んでいたときに、知り合いの医師に受診を勧められたのがこのリプロダクションセンターでした。前に通っていた病院は先生たちが疲れていてスタッフ全体がピリピリしたムードで、治療を続ける気力が萎えてしまいましたが、このセンターはとてもアットホームで先生方や看護師さんも気さくで和気あいあいとした雰囲気です。初めて来院したときには、同じ不妊治療の施設でもこんなに雰囲気が違うものなのかと驚きました。杉本先生をはじめ、受付の方や看護師さんも私の治療がうまくいくように応援してくださるので、良い結果が出ないことが続いた時でも通い続けようと思うことができます。
また、先生方は、どんな質問でも嫌な顔をせず優しくおしえてくださいます。治療がうまくいかない時はネット検索に時間を費やしがちですが、ネットの情報で気になったことについて伺うと、内容の信頼性や今の私に必要かどうかをきちんと説明くださり、これまでの研究ではどうなのかまでおしえていただけたこともありました。このような会話の積み重ねから、先生方へ強い信頼を持ち、今では他院にある凍結胚のこと含めて、移植の順番をどうしたらいいかという相談までできるほどです」
「スタッフの明るさと仲の良さが、荒みそうな気持ちを救ってくれます」と話す真理子さん(仮名)。
「診察のときには、雑談をしたり冗談を言ったりして、不妊治療に伴うつらさや葛藤を少しでも和らげるように心がけています」。そう話すセンター長の杉本医師は、日本がん・生殖医療学会の里親・養子縁組支援委員会委員長も務め、「里親制度・養子縁組制度」によって子どもを迎える選択もあることを、不妊治療中のカップルや「妊孕性(にんようせい)温存療法」を受けるがんの患者さんにも紹介しています。院内には、実家が里子を受け入れているファミリーホームである産婦人科医がおり、写真でファミリーホームの雰囲気を知りその様子を聞くことも可能です。
「妊孕性温存療法」とは、がんなどの病気の治療によって妊孕性(妊娠可能性)が失われるリスクのある患者さんが、将来に備えて、精子、受精卵(胚)、未受精卵子などを凍結保存しておく方法です。同センターは、がんの患者さんのサポートにも力を入れており、妊孕性温存療法を受ける患者数が日本一多い病院になっています。
「看護師不足が課題だったのですが、リプロダクションセンター専属の看護師を募集することでそれも解消できそうです。男性不妊の人も、がんになって妊孕性温存療法を受けようか迷っている人も1人で悩まず、とにかく一度、最寄りの生殖補助医療機関や当センターを受診してみてください」と杉本医師。生殖医療専門医、看護師、生殖心理カウンセラー、認定遺伝カウンセラー、胚培養士など、どの職種の人と話しても伝わってくるのは、お互いの専門性へのリスペクトと強固なチームワークです。多職種がそれぞれの専門性を生かしてタッグを組み、最適な治療・ケアを提供する同センターでは、患者さんの不妊治療と人生が、少しでも良い方向へ進むように応援する姿勢が貫かれていました。