「“治療の終わり”について考えることは、決して悪いことではありません。そのせいで治療がうまくいかなくなるわけでもないのです。」

平山史朗 先生(臨床心理士・生殖心理カウンセラー/東京HARTクリニック)インタビュー | 2015年7月3日

平山史朗 先生(臨床心理士・生殖心理カウンセラー/東京HARTクリニック)

東京HARTクリニック 生殖心理カウンセラー / 臨床心理士 / 日本生殖心理学会 副理事長 / 家族心理士

1993年、広島大学教育学部心理学科卒業。1997年に広島HARTクリニックで不妊症専門の心理カウンセラーとして勤務。
1998年、アメリカ・カリフォルニア州 サンディエゴのCSPP(California School of Professional Psychology)の The Center for Reproductive Psychology(生殖心理学センター)にて研修。David Diamond (Ph.D.)、Martha Diamond (Ph.D.)、Janet Jaffe (Ph.D.) 各博士に不妊症患者に対するカウンセリングの個人指導、美甘章子博士(Psy.D.)より一般心理療法の訓練を受ける。
2001年6月~ 厚生科学審議会 生殖補助医療部会委員、2002年7月~ 東京HARTクリニックの常勤生殖心理カウンセラーとして勤務。
2003年より、日本生殖医療心理カウンセリング研究会(現日本生殖心理学会)副代表世話人(現副理事長)として発足に携わる
2005年4月~ Fine主催 ピア・カウンセラー養成講座講師、現在に至る。

不妊治療をやめるとき

「不妊治療をやめるとき」と聞いただけで、「そんなことは考えたくない!」と思われるかもしれません。

あなたは妊娠するために通院してこられたのでしょうし、妊娠できないことなんて考えてはいけないように感じられるでしょうから。
でも実際は、「このままうまくいかなかったらどうしよう」とか、「治療をがんばってきたのに見通しが立たなくて。いったいいつまで続ければいいんだろう」といった思いも、頭をよぎることがあるのではないでしょうか。

そんな風に“治療の終わり”について考えることは、決して悪いことではありません。
大切なことですが、終えることを考えたからといって、そのせいで治療がうまくいかなくなるわけでもないのです。

まずこのことを正しく理解していだきたいと思います。

さて、「治療をやめるとき」をイメージしてみるとどうでしょうか。

想像したくないとは思いますが、「治療を終えているわたし」を頭に浮かべてみていただきたいのです。
あなたはどのような姿、また心もちでいるでしょうか?

子どもができないことをすべて受け入れ、子ども以外の別の生きがいを見つけて、気持ちも整理された状態になっているでしょうか。
その状態は理想だけれど、とてもそんな風になれるとは思えず、子どもが出来なかったことをずっと引きずる、暗い気持ちの自分しか想像できないかもしれません。

理想的な「気持ちを切り替える」治療のやめ方を目指してしまうと、そう考えられない自分が何か愚かで、こころの小ささを感じてしまうのではないでしょうか。

逆に言うと、「気持ちも割り切れないし、別の生きがいなんて見つけられないから、
子どもがいる幸せを得られるまで治療を続けていくしかない」と考えていませんか?

これまで、子どもが得られずに治療をやめていく不妊患者さんらのお話を伺ってきた私の感覚から言わせていただくと、
治療をやめる時点で気持ちがすっきりしていて、「子どもができなかったことなんて悲しくもないわ」という状態になることは、まず不可能ではないかと思っています。

つまり、そういう気持ちにならないと治療をやめてはいけないのだとしたら、納得して治療をやめることができる人なんて、ほとんどいなくなってしまう、ということです。

誤解されがちなのですが、治療をやめることと、子どものいない人生を受け入れることは同時にはまず起こりません。
治療をやめる決断をし、実際に子どものいない生活が始まってから、本格的に子どもがいない人生を受け入れるプロセスが進んでいくのだと私は考えています。

それは言い換えると、「心に抱いてきた想像の赤ちゃん」とお別れする作業が進行するということでもあります。

子どもを望んだ人には、実際にその腕に抱いていなくても、心の中に望み願った赤ちゃんがすでに存在しているのです。
子どものいない人生を送るということは、その赤ちゃんと送るはずだった人生のさまざまな出来事を経験することがもう絶対にできないのだということを確認していく作業でもあります。

それはとても悲しくつらい過程ですが、それを辿ることで、抱けなかった赤ちゃんとお別れすることができ、
あなたの人生の中に何らかの意味づけがされ、子どもにかかわることが「思い出の棚に収まってくれる」のだと思います。

これが十分でないと、ずっと自分に子どもができなかったことを人生の失敗や欠落としてしか捉えられず、がんばった不妊治療も「すべて無駄だった」と意味づけられてしまうかもしれません。

もちろん、この作業を通して子どもがいない人生を受け入れていても、
この先「もし子どもがいたら」とか、子どもがいないことをさびしいと思うことはきっとあるでしょう。

特に、周囲が孫をもつ時期になるとそうです。ですが、その悲しみに、治療を終えた直後のような激しさはなく、あなたの人生や心を破壊する力もなくなっていることでしょう。

悲しみを抱えて生きていくということは、口で言うほど簡単ではありませんから、今このようにいわれても、そんなきれいごとを、と思われるのではないかと思います。

ですが、私がカウンセリングでご一緒した、治療をやめて子どものいない人生を選んでいった方を思うとき、
この不妊や不妊治療の経験が、その方の人生にすばらしいものをもたらしているということを本当に感じます。

生き生きと自分らしい人生を送っておられる彼女たちのように、もし治療をやめる選択をしても、
それは決してネガティブな、あるいは「負けた」ことにはならないのだと信じていただきたい
と思っています。

そのためのお手伝いが必要なときには、どうぞカウンセリングルームの門を叩いてください。


インタビューを終えて

私が不妊治療をやめる決断をし、その事態を受け留めはしたものの、喪失感と不透明な将来への不安感に見舞われていた時、
NPO法人Fineの不妊ピア・カウンセラー養成講座についての記事が目に留まった。

当時カウンセリングに関心があったわけではなく、 「誰かのために」でもなく、自分自身のために、私はこの講座を受けることにした。
時間、お金、仕事、平凡なはずの望み・・・。失うばかりだった不妊から卒業しようとした、私なりの「区切り」の作業。
努力したのに何も手にできなかった私は、認定書、卒業証書といった紙切れだけでも、大事に思えた。

自分が努力した「カタチ」が欲しかったのだと思う。そこで出会ったのが平山史朗先生だった。

当時は現在のようなeラーニングという体制ではなく、受講生が会場に出向き、36単位取得のための講義をみっちり受けていたが、
その時心理学、生殖心理をご教示くださったのが、平山先生だった。

先生の講義はいつも楽しく、ついつい引き込まれた。驚くほど当事者の心理に精通されていたからなのか・・・。
または、快活なテンポと独特な先生の語り口調によるものだったのか・・・。私が卒業したのが2008年。先生の魅力的な講義を受けたおかげで、私の学びも続いている。

現在はMoLiveスーパーバイザーとして継続ご指導いただき、このご縁が続いていることに心から感謝する日々だ。

長年に亘って不妊当事者心理の研究をされ、当事者の心の良き理解者であり続けておられる平山先生は、
当事者の心理などには目が向けられなかった頃からずっと、その支援の必要性と対策について提唱されてきた第一人者。平山史朗先生あっての「今」だと思う。

まさに牽引者である先生からのメッセージは、今の私の心にも温かく響き、胸がいっぱいになった。平山先生、ありがとうございました。

インタビュー実施:2015. 7.3
取材:永森咲希

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